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投手

藤川 昴蓮

Koren Fujikawa

今シーズンの意気込み

チームから信頼されるピッチャーになる。

ファンの皆さまへ

社会人野球二大大会優勝を目指し、日本一となり、会社の皆さまに感動していただけるようにがんばります。ご声援をよろしくお願いします。

藤川 昴蓮カード

プロフィール

藤川 昴蓮サムネイル画像
投打
右投右打
ニックネーム
こうれん
アピールポイント
ストレート
出身地
京都府
出身校
安祥寺中学校 - 京都外大西高校 ‐ 東北福祉大学
血液型
O型
趣味
You Tube
好きな言葉
自己研磨
休日の過ごし方
したいことをする
尊敬する人
両親
アルバム01
アルバム02
アルバム03
アルバム04

ヒストリー

野球をはじめたころ

野球を始めたのは6歳の時。母に体験練習へ連れていってもらったことがきっかけだ。
元々足が遅かったため、いかにホームランを打つかを考えていた。とにかくバッティングがとても大好きだった。また、体格がよかったのでキャッチャーをやる機会が多かった。練習以外でも、学校が終わった後近くの公園でテニスボールを使って毎日のように友達と野球をやっていた。ただ、小学校時代は一度も優勝できなかったことがとても悔しかった。
中学・高校時代

中学校に入ってからも、最初はずっとキャッチャーをしていた。2年生になったころからピッチャーもやり始めたが、キャッチャーがいなくなるため兼任していた。途中、キャッチャーをできる子が入部してくれたおかげでピッチャーに専念できるようになった。
高校は、地元で当時3強といわれていた高校に進学でき、とてもうれしかった。ただ、一度も甲子園に出場できず、どの大会も思うような結果を残すことができなかった。また、高校2年生ごろからフォームを崩してしまい、そこからずっと悩むようになっていた。結局卒業するまで解決できずに終わってしまった。
大学時代

入学に向けセレクションを受けた。控室のほかの選手のユニフォームが全国の強豪校ばかりで、「まじかよ」とつい本音が口から出てしまった。合格した時は、自分自身が一番びっくりした。しかし、大学3年まで納得できるピッチングができず、もがき苦しんでいた。大学3年春に「このままではなんで仙台に来たんかわからん」と決意して肉体改造を開始。秋ごろには今の投げ方に出会い、その相乗効果で4年春に152kmが出せるようになっていた。4年の時、春の全国大会決勝で先発で起用され、「ほんまにがんばってきてよかった」と思えた。その年の全日本大学野球選手権大会でも優勝した。また、野球だけでなく新設の教育学部に入り、野球と並行して教員免許を取得し卒業できたことはとても誇りだ。
ヒストリー2-1
ヒストリー3-1