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捕手

大橋 将

Sho Ohashi

今シーズンの意気込み

新人らしく、清々しくそして熱くプレーします!

ファンの皆さまへ

熱くなれるプレーをするのでご声援のほど、よろしくお願いします。

大橋 将カード

プロフィール

大橋 将サムネイル画像
投打
右投右打
ニックネーム
まさる
アピールポイント
二塁送球
出身地
滋賀県
出身校
竜王ジャガース - 天理高校 ‐ 専修大学
血液型
O型
趣味
サッカーを観る
好きな言葉
一手一つ
休日の過ごし方
のんびり過ごす
尊敬する人
橋本 武徳先生(元天理高校監督)
アルバム01
アルバム02
アルバム03
アルバム04
アルバム05
アルバム06

ヒストリー

野球をはじめたころ

保育園のころはサッカーばかりをしていた。しかし、小学校に入学してから、友達に誘われ気づいたら野球をしていた。
野球を始めて3日目に「体が大きいから」という理由でキャッチャーを任された。みんなと一人だけ違う方向を向き、大きい声を出せと言われることに違和感があった。しかもなぜかそのころは、防具をつけることすらもはずかしくて嫌で嫌で仕方なかったことをはっきりと覚えている。「ピッチャーしたいのに」とひたすら思っていた。絶対いつかピッチャーをすると思いながらも小学校の間ずっとキャッチャーをしていた。それでも県大会で2度優勝し近畿大会でも優勝。全国大会でベスト8に入れたことは、非常によい思い出だ。
中学・高校時代

中学でもキャッチャーをやめたいという意思は固かった。監督に直接「ピッチャーをやらせてください」と直談判するも却下され、結局キャッチャーをやることになった。それでも県大会で優勝し、近畿大会でも優勝。全国ベスト8になれたことは小学校と同じくよい思い出だ。
高校は寮生活になりとにかく練習がきつかった。そして怒られたことを鮮明に覚えている。一番悔やまれるのは、甲子園という目標を叶えられなったことだ。現在読売ジャイアンツで4番を打っている岡本選手がいた智弁学園に奈良大会決勝で敗れた。そこで負けたこと、そしてレベルの差を痛感したことが、一番印象に残っている。
大学時代

大学野球では東都リーグで1部優勝を経験したが、2部降格も経験した。大学野球では4年秋の最後のリーグ戦を含め、3度入れ替え戦を経験した。4年秋の最後のリーグ戦に優勝し、臨んだ入れ替え戦。2アウト満塁でライトフライを打ち、最後のバッターになったことが一番悔しい思い出だ。チームも2連敗で2部残留に終わった。
ヒストリー1-1
ヒストリー1-2